私は大学時代から、スキーをしていました。
大学は東京の技術系の大学でしたが、地元に戻って公務員になりました。それでも、冬になるとスキーに友人と行っていました。

そのうちに、スキークラブに入り本格的にスキーをしました。スキー検定(バッジテスト)の時に、左膝半月板を損傷し私の住んでいる富士宮市内の富士宮市立病院に入院して手術し、スキーに復活しましたが、多忙のため体を壊して公務員を辞め、自宅の商売の船舶関係卸小売業をしている時に、またスキーに行くことを再開し、苗場のスキーテスト(バッジテスト)の最中に、斜面でコブに飛ばされ転倒し、スキーの板を折るほどの衝撃でしたが、なんとかスキーテストは終わり、帰宅するとまた左膝が痛かったです。

それで、また富士宮市立病院の整形外科の医師に診て貰うと、再度左ひざの半月板が損傷しているとの事でした。
それで、損傷した半月板を手術で直すため、また富士宮市立病院の整形外科さんに再度入院しました。

前回入院したころの医師は、もう前回から10年たったため一新されており、前回入院した医師の一人が、偉くなって監督していました。
そして、その整形外科の2番目、3番目に偉い医師が手術の担当をしてくれました。2番目に偉い先生は、韓国出身の方ですが手術はうまく、3番目に偉い先生は日本人で日本語が特に上手く、保険を書くのが上手い先生でした。

一番偉い先生の監督の元、2番目に偉い先生と、3番目に偉い先生の手術で左ひざの半月板の手術は無事成功し、私は病院のベットに寝ていました。
そして、一日ベッドから動くことが許されず、小便の時は看護師さんが観てくれました。

しばらくたって、やっと車いすに乗る事を許され、私は好きなタバコを吸いに喫煙所まで行き、コーヒー牛乳も飲みました。
そのうちに、松葉杖の許可が下り、私は松葉ずえで喫煙所まで行き、かえって動いた方が治りが早いのか喫煙友達とよく喫煙所に行きました。皆包帯を巻いたり、ボルトをしたりしながらも根性で喫煙所に行きました。医師たちはその行動力にびっくりしていました。

そして、4日日に退院と決まりましたが、看護師さんは転職したてで担当したのが私だったので、私がいなくなることが寂しかったらしく「退院しないで!」「寂しいよ」と言ってくれました。でも、金銭的にも余裕がなかったので、退院しました。その時、その看護師さんは病院の玄関まで荷物持ちをして下さいました。
(ちなみにその看護師さんが転職に利用したサイトがこちらだそうです⇒http://看護師求人富士宮市.com/

入院から通院となり3番目に偉い医師の診察を受けている時、私はお礼にカップ麺の詰め合わせを持って行きました。もちろん、入院病棟にですが。
そして、その医師と色々な話をして仲良くなりました。保険の書類もバッチリと書いて下さいました。そして、仲良くなった看護師さんにもお礼の手紙を書いて渡して
貰いました。半年後に膝はほぼ治り、またスキーに行くことが出来るようになりました。良くして下さって、本当に感謝しています。

満点
私は子供の頃算数や数学が大の苦手でした。
小学生の頃一度つまづいてからわからないままでいたため、それからずっと得意になることも好きになることもなかったんです。
中学生になった我が息子も私と同じで文系タイプ。
国語のテストは得意ですが数学はまぁフツー程度でした。

親が算数や数学へのコンプレックスがあるため、いつも息子には「数学でいい点を取ってくれたら嬉しいな!」と言っていました。
もちろんプレッシャーをかけるつもりはなく、冗談まじりに「数学ができたらかっこいいよ!」というようなノリです。
心のどこかで自分ができなかったことを成し遂げてほしいという期待もありましたが、親の理想を背負わせるつもりはありません。
ただ、息子ならもっとできるのにという悔しさもありました。

息子はどこか私の気持ちをわかってくれていたような気がします。
いつももうひと声というような点数の数学のテストを見て「今に見ていろ!」と言っていました。
それは私への対抗心なのか、数学への強い思いなのか、はっきりとはわかりませんでした。
親をぎゃふんと言わせたかっただけなのでしょうか。
しかし、私は都合よく「数学を倒してくれるのね!待ってるよ!」なんて思って聞いていました。

そこで先日のテストです。
中学生になり、ずっと微妙な点数だった数学のテストで息子はついに満点を取ってくれたんです。
そして「やってやったぞ!」と。
かっこよかったですね。
あだ討ち成功といった気分でした。
息子のテストと私の成績は関係ありませんが、親子で戦っていたのだと感じることができた喜びがありました。
また、息子は自分のためだけではなく私のためにも戦ってくれていたんだと感じ、息子の愛を感じました。

親子って不思議だなと思います。
こうやって親の思いを叶えてくれることで絆が深まり、親は自分のことのように喜べるのですから。
私も思わず「ありがとう!」と言ったのですが、その時の息子のしてやったり顔はずっと忘れないと思います。